さんぴん茶  

2005ポッカさんぴん茶夏のキャンペーン!

キリン さんぴん茶(公式サイト/画像あり)


従来のポッカさんぴん茶に、カテキン含有量を 1本当たり200ミリグラム
配合した新しい「カテキンさんぴん茶」新発売!
公式サイト




ポッカNewさんぴん茶
新商品の「NEWさんぴん茶」は、うこんや、グァバ、よもぎなど、
昔から沖縄にある素材をさんぴん茶にブレンドしたものです
公式サイト



さんぴん茶のど飴


粉末さんぴん茶発売へ(沖縄タイムス)
JTA(日本トランスオーシャン航空)機内販売案内(写真付き)
水やお湯に入れるだけで簡単に作れる粉末タイプのさんぴん茶!
JTA全路線の機内と那覇、久米島、石垣空港売店での限定販売!

Coralway 美ら島ショッピングでネットでも購入できます

具志堅用高氏がドアに描かれてる「茶流彩彩さんぴん茶」のラッピングタクシー

 沖縄で定番のお茶といえばさんぴん茶!原産国は中国、長い歴史の中から沖縄独自の一般から高貴な方まで幅広く愛飲されて来た琉球王朝時代からの常用茶です。沖縄では緑茶が入っている自販機よりもさんぴん茶が入っている自販機の方が多いです。ほんのりジャスミンの香りがします。 さっぱりしていて沖縄の脂っこい料理にもよく合います。沖縄でごく普通に飲まれ、冷やしても温めてもおいしい、それにより缶、ペットボトル茶として広く飲まれるようになったのでしょう。
 泡盛を割るのに用いられることもあります(参考ページ)。
 宮古島にある居酒屋「
琉球王国 さんご家」には「さんぴんハイ」もありました。
 2000年の九州・沖縄サミットの夕食会においては
さんぴん茶シャーベットがデザートとして振舞われました。
 沖縄県内に茶葉として売られているものは主に黄色い缶と青い缶に入っているもの。パッケージには中国語でジャスミンティー(
茉莉花茶)とかかれています。
 中国語では茉莉花茶の他に
香片茶(シャンピェンチャ)と言われることもあり、これがさんぴん茶の語源となったようです。
 缶、ペットボトルとしてさまざまなメーカーのものが見られます。そのなかでも
沖縄ポッカは平成5年に最初に缶入りさんぴん茶を販売し、ここ数年の沖縄のさんぴん茶ブームの火付け役として、さんぴん茶の売上トップを誇ります。沖縄県外の人は初めて沖縄に行くとポッカの自販機の多さに驚くでしょう。
 このさんぴん茶、内地でもごく一部で販売されています。都内で手に入れるには銀座わしたショップ (地下鉄有楽町線3番出口徒歩0分)(ポッカ、バヤリース、ハイサイなど)、ほかわした日暮里店、上野店琉球センターどぅたっち(駒込駅近く 地図はこちら)(琉仁、さんぴん花茶など)などに行きましょう。新百合ヶ丘OPA地下の 原宿舶来食品館 にもあります。
 2003/8/23 都内
ミニストップにてさんぴん花茶(伊藤園)500mLペットボトルが確認されました(後日行ったらもうなくて涙)。
 2003/8/12 北海道中標津町の開陽台の売店とAコープにてさんぴん茶(日本コカコーラ)500mLペットボトルが確認されました。
 2003年春の現地調査で奄美大島においてはマングローブパークにあるUCC自販機と名瀬のグリーンストア(ハイサイさんぴん茶)で確認され、その前年屋久島・種子島で行った調査では発見されなかったことから、スーパーや自販機でさんぴん茶を無理なく手に入れられる北限は奄美大島であると推測されます(厳密な調査をするならトカラ列島も調査するべきでしょうが)。とはいえ大島では沖縄のような普通にどこにでもあるようなレベルではないため、できることなら今後大島と沖縄本島の間にある徳之島、沖永良部島、与論島を調査したいものです。

 *北谷に
さんぴん茶ぜんざいをおいている店があるという情報がこちら に載っているのですが、私が行ったときは閉まっていました。召し上がられた方がおりましたら情報いただけるとうれしいです。

沖縄伊藤園 さんぴん茶
湧川商会 さんぴん茶
日本コカコーラ さんぴん茶
沖縄バヤリース さんぴん茶
ダイドー さんぴん茶
JUSTICE さんぴん茶
ユニオン さんぴん茶
プリマ さんぴん茶
カルピス さんぴん茶
チェリオ さんぴん茶
富永食品 さんぴん茶
沖縄ボトラーズ さんぴん茶
沖縄伊藤園 さんぴん花茶
沖縄発酵化学 ハイサイさんぴん茶
沖縄UCC さんぴん茶
琉仁カスタマーサービス さんぴん茶
琉球フードシステム さんぴん茶
日本コカコーラ さんぴん茶
伊藤園 さんぴん花茶
ポッカのデザインが変わったようです。
左:旧 右:新
新しいものでは
「沖縄特産」の文字がない
「はい!」が入っている
沖縄県産品のマーク(旧デザインの写真では右上)が
下になっている
といった特徴が見られます。
左:旧 右:新
新しいものではホームページアドレスが載っています。
バーコードに違いはありません。
缶のデザインも変わりました。
下にある那覇空港の看板のものと
比べてみてください。
200mlのパック入りもあります。
大量に安く飲むときには水出しティーバッグで。
冷たくても温かくてもOKです。
つつじ祭り限定缶



那覇空港にあるポッカの看板



さんぴん茶の香り ジャスミンティーあめ

さんぴんスタンプ。
茶流彩彩さんぴん茶(コカコーラ)のペットボトルそっくりです。

 キャップを外せばスタンプになります。

左:うさがみそーれー(召し上がれ)
中:なんでかねー(なんでだろう?)
右:あさきみよー(あれまあ:感嘆詞)

個人的には「だからよー」と「であるわけさー」のスタンプがほしいです。

茶流彩彩さんぴん茶(コカコーラ)のおまけ
具志堅用高氏の写真入りさんぴん茶キーホルダー



以下関連リンク

沖縄ポッカコーポレーション


沖縄ポッカのさんぴん茶のCMが見れるサイト

ダイドードリンコ製品案内

丸政商事(JUSTICE)

コカコーラ茶流彩彩

さんぴん茶のシャーベット

比嘉製茶

朝吉茶行

ポークとたまご(沖縄食材通信販売)

わしたショップ(内地におけるさんぴん茶入手の基本)

(缶さんぴん茶の情報充実)

ちょっといい人

さんぴん茶ゼリー

さんぴん茶のいいちこ割り="ぴんちこ"

缶入りさんぴん茶始まりの話(琉球新報社説)

さんぴん茶同盟

自作さんぴん茶 プロジェクトX
(この物語は50%くらいのフィクションと50%くらいのノンフィクションで成り立っています)

(エーックス)

長寿の島沖縄。
最近の健康ブーム、沖縄ブームにのり、
ゴーヤー、ウコン、もろみ酢・・・さまざまな沖縄の食材が今注目されている。
その沖縄で、昔から地元の人たちに親しまれている飲み物がある。
さんぴん茶。
沖縄のスーパーや自販機に並ぶさんぴん茶の多さに本土からの旅行者達は驚く。
だが、そのような光景が見られるようになったのはほんのつい最近のことである。
これは、冷たい缶入りさんぴん茶を作った男たちの物語である。

(地上の星)

(タイトル)

♪風の中のすばる〜 砂〜
「沖縄に赴任」 「たった1人の事務所からのスタート」

♪みんな〜 見送られる〜
「孤軍奮闘」 「営業所昇格」

♪草原の〜  街角の〜
「高い流通コスト」 「合弁会社設立」

♪みんな〜  見守られ〜
「沖縄独自の製品を!」 「缶入りさんぴん茶の発売」

♪地上〜    誰も〜
「年寄りくさい」 「冷たいお茶なんておかしい」

♪人は〜
「市場の冷ややかな声」

♪つばめ〜よ〜
「運命を変えたCM」 

♪おしえ〜て〜よ〜
「爆発的売り上げ」

♪つばめよ〜    今どこに〜
「沖縄自販機の顔に」 「そして観光客の口へ」

つかめ沖縄の心〜あるナイチャーの挑戦〜
参考文献(PDF)→[Click Here!]

1972年(昭和47年)、沖縄はアメリカの統治が終わり、日本に返還された。
そうはいっても、本土の人たちにとって沖縄はまだ遠い存在であった。
そのような沖縄に昭和60年、
1人のナイチャーが本社の沖縄出張所に駐在員として赴任した。
住宅兼事務所、駐在員は1人だけ。

男の名は〇〇。
戦いが始まった。

孤軍奮闘した結果、年々売上げが伸びたが、
一人では限界。
3人体制の営業所に昇格した。

しかし売上げが伸びても、流通経費が掛かるため、赤字を計上。
本社は沖縄営業所の赤字を解消するため、
現地生産化を図り、
売上げを伸ばす計画を立てた。

この時、パイン缶詰を製造するひとつの会社が、
パイン産業の斜陽化の流れを受けて事業転換を模索していた。
商品の委託生産が具体化した。

だが、委託生産を行うには、
生産拡大やオートメーション化のための設備投資が不可欠となった。
そのため、本社は沖縄における生産拠点として合弁会社を設立した。

そのとき沖縄独自の商品開発、販売戦略の必要性を〇〇は感じていた。
「沖縄らしいものを作ろう」
早速、アイデアを求め〇〇は牧志まちぐわぁーからやんばるまで沖縄を回った。

新製品の開発のため沖縄各地を回り悩む〇〇、疲れた体で泊まった宿で出された
飲み物を飲んだ。
「これだ!」そう感じた
沖縄で昔から親しまれてきた味。
ちょうどその頃、業界では缶入り緑茶ブームが起こりつつある時だった。

缶入りさんぴん茶。
前代未聞の、とても過酷な試みだった。一か八かの、賭だった。
その時だった、一人の男が言った。「やるしかない」
想像を絶する困難に、立ち向かう…
それは、生産者としての意地だった。
男達は奮い立った。

販売が決まり
沸き立つプロジェクトの中で、顔色の悪い人物がいた。
男の名は、××。××は言った。

「うちのおばぁにあげたら、飲んでくれんかったばー」

彼の言葉に、プロジェクトメンバーは驚いた。
誰もが、耳を疑った。その場に立ちつくしてしまった者もいた。
「なんでかねー?」

そして実際、聞こえてくる消費者の声は冷ややかなものだった。
「年寄りくさい」 「冷たいお茶なんておかしい」
「うちで飲めば安いのに、なんでわざわざ買うさ〜?」

営業部からの悲痛な声が聞こえた。

在庫の山ができた。
ラインはストップした。
「だめかもしれない」そう思った。
しかしその時、男達の中の1人が言った。

「イメージを変える必要があります。思い切った広報戦略をしましょうね」
「なんくるなんさー」

△▼広告代理店。
業界にその名を轟かせる、凄腕の職人達。見事な技を、持っていた。
プロジェクトの運命は、彼らにゆだねられた。

×〇は早速広告代理店に沖縄の消費者の意識調査を依頼。
調査の結果、可能性があり、
市場規模は大きいと確認したので、
主力商品とするマーケティング戦略が提案された。

これを失敗すれば、もう後がない。
だが、いつしか結ばれた、強い絆が彼らを支えた。

知名度・理解度を早急に清涼飲料のNo.1グループに引き上げるテレビCM展開を計画。
沖縄の童歌のメロディに、商品特徴の「香ばしさ」「香りのよさ」を伝える歌詞を当て、
若い女性を中心に『さんぴん茶』のイメージの確立を図り集中投入した。

そして奇跡は起こった。起死回生の、大逆転だった。

飛ぶように売れた。
「生産が追いつかんさー」工場からうれしい悲鳴が聞こえた。
キャンペーン展開1年でさんぴん茶は県産飲料のトップに、
2年目にはお茶系飲料でNo.1となった。

(ヘッドライト テールライト)
開発から10年、他社も追随しさんぴん茶は沖縄のどこの自販機にも並ぶようになった。
水出しティーバックも作られ、ますます手軽で身近な物となった。
2003年9月、JTAは粉末さんぴん茶の発売を始めた。
水やお湯に入れるだけで簡単に作れる、画期的な商品。
その販売に関わる1人が言った。
「このお茶を内地の人にも伝えたい」
挑戦はこれからも続いていく・・・。

広告戦略についてはこちらを参考に作りました。